神奈川大磯の丘陵地にて

12月7日(日)の冬ばれの日に大磯高麗山・浅間山に行きました。大磯といえば、駅前にはあのエリザベス・サンダースホーム(現聖ステパノ学園)がある温暖な住宅都市です。町の北を画する丘陵が、本日の目的地、高麗山及び浅間山の尾根筋です。最高地点で181mの丘陵ですが、海岸近くに突き出た丘陵として、見晴はたいへん優れています。

駅より東海道を東に1.5kmほどで高来神社に着きます。背後にそびえる丘が高麗山、左に最高地点浅間山があります。

この丘陵は、見晴のよさと同時に、全山が神域として保護されているため、自然の樹木が豊富であることが特徴です。この日も色づいた晩秋の林間を歩くことができました。

浅間山の西側には平塚テレビ塔がそびえています。テレビ神奈川などの電波がここから発信されています。高さ180mですが山の高さを考えれば東京タワー並みです。

近くに大きく見える町は平塚です。町の無効にそびえる山は大山です。海の向こうには、江ノ島、城ヶ島、房総洲崎まで見えています。

 

テレビ塔の近くには展望台もあり、こちらからの西方の眺めは抜群です。富士、箱根、伊豆半島の山々がくっきり見えました。

初冬の空気の澄んだ一日でした。

 

 

 

 

 

夏の終わりから秋の山旅。

ブログが7月の夏の山で止まってしまいました。4か月ぶりのアップです。8月下旬の九十九里から、9月、10月の近郊の山旅のもようをお知らせします。

8月23日(土)は、7名の参加で、九十九里は白子のY氏別邸でバーベキュー大会を開催しました。夏の気候から秋への替わり目の日でした。かんかんに照っていた太陽はこの日を境に雨雲を伴った空へと移り変わったのです。

写真は白子の落花生畑と田んぼの収穫近い稲です。秋の浜風が心地よく湿気を持っていってくれました。

9月28日(日)は、9名の参加で八王子城山に行きました。高尾駅から程近く、戦国時代にはかなりの規模を持った山城が築かれていたそうです。今は自然に帰して、緑豊かな500mあまりの山となっています。山頂の本丸跡からは、眼下に八王子の町が見渡せます。地域を支配する城を置くにはもってこいの場所だったのでしょうね。

向かい合う山並みは、この紐大勢の人たちが訪れているであろう高尾山です。しかしここからでは、人影は全く見えませんけれども。一見静寂な山並みですね。

続いて10月26日(日)は、小田急新松田からバスで20分ほど山に分け入った寄(やどりぎ)という、郊外電車の駅から程近い場所とは思えない静かな山里から登る、標高758mのシダンゴ山に6名参加で行きました。緑豊かなお茶畑がたくさんある急坂を登りきって林間に入り、1時間ほど登ると、地元の方々が植えた馬酔木に覆われた山頂です。

芝生になっていて、休むのには最適の広場です。周りは丹沢の山々に囲まれ、西の方には富士山も見えるはずでしたが、この日は山頂近くはガスがかかりあいにく見ることができません。南方はるかに小田原方面の街並みや相模湾も見渡せる静かな展望の山でした。

以下は番外編ですが、初秋の9月8日、9日に大阪に単独紀行したときの写真です。関西では誰でも知っている行楽地ですが、東京の人は行かない観光名所の寺社があります。

野崎観音は生駒山系北端の飯盛山中腹にあるお寺です。江戸時代には多くの人が大阪天満橋から船で参詣に来たそうです。現在は静かな住宅地の奥にあります。境内からは河内平野の向こうに、櫛の歯のように高層ビルの並ぶ大阪の町が見えます。

石清水八幡宮は、淀川水系三川の合流点の小高い丘陵の上にある、平安時代からの由緒のある神社です。川を挟み西の天王山と向かい合っています。京都盆地を南から見ることができます。

また、このあたりの竹を使って、エジソンが超寿命の電球を作ったことでも知られています。

山とはいえませんが、登るのには汗をかく、まだちょっと暑い時期の大阪の旅でした。